≪2月≫ 二月逃げ月、春は立つ

ねりま歳事記

初庚申(はつこうしん)

 2月1日は二月正月とか次郎の朔日(ついたち)と言われる。練馬区域では新暦の正月にはまだ大根の収穫や、たくあん漬の仕事が残っているので、一つ月おくれの二月正月を祝う所が多かった。今年はちょうど初庚申の当り日でもある。
 庚申とは十干の庚(かのえ)と十二支の甲(さる)が重なった日で60日毎に巡ってくる。干支の組合せの中には甲子(きのえね・大黒天の祭日)や己巳(つちのとみ・弁財天の祭日)など伝統的に重んじられる日が幾つかあるが、庚申もその中の一つである。
 庚申信仰は平安時代から行われるようになったが、民間で盛行したのは江戸時代に入ってからである。いま区の郷土資料室で催されている石仏展に春日町で発見された長享2年(1488)の庚申板碑が展示されている。約500年前の練馬に庚申信仰があったことをうかがわせる貴重なものである。これは全国でも二番目に古い庚申板碑として有名である。そのほか区内には江戸初期以降造立された130余基の庚申塔が現存している。それ程この信仰は盛んであった。
 道教では人の身中には三尸(さんし)という虫がおり、庚申の夜に抜け出て人間の悪事を天帝に告げる、天帝はその報告をもとに寿命を決めると説いている。だからその夜は身を慎んで眠らないのは勿論、夫婦の交りをしてはならないとか、この日結ばれてできた子は大盗人になるとかという禁忌があった。
 練馬の区域でも以前は、各村々に庚申講があった。庚申の夜は講中の人が当番の宿の家に集まり、青面金剛(しょうめんこんごう)の掛軸をまつって、斎食(さいじき)をとりながら翌朝鶏が鳴くまで徹夜でお勤めした。
 一方、仏家では庚申の日は帝釈天出現の日であるとする。映画寅さんで一躍有名になった柴又の題経寺はこの日大へんな賑わいである。
 区内でも西大泉の大乗院帝釈堂でこの日、講中の人たちによって庚申の勤行がおこなわれる。この帝釈天像は柴又題経寺本尊の御分身ということで、商売繁盛、諸願成就に霊験あるという。大乗院は江戸時代、大名久世家の祈願寺でもあった。今秋には、帝釈天堂建立50年祭が盛大に行われる。

節分と初午

 古い暦法では冬至を一年の起点とし、それから45日目を立春とした。自然はこの頃から春の息吹を感じ始め、人びとはそれを立春正月として祝った。旧暦では立春は正月元旦から7日頃までの間にあることが多い。しかし、年によっては年内に立春がくるときがある。今年は丁度それに当り、立春は4日、旧暦元旦は13日になる。このような年内立春は豊作の前兆であるといって喜ばれた。
 立春の前日が節分である。節分の夜おこなわれる追儺(ついな)あるいは鬼やらいと言われる行事は、もともと大晦日の行事であった。今でも所によって節分の夜を年越しと呼ぶことがある。全国的に広まっている年越しの鬼豆打(豆まき)は今でも各地で盛んに行われる。昔は年男がいろり端で炒った大豆を、『鬼は外、福は内』の唱言と共にまく。家族は自分の年齢より一つ多い数の豆を食べて息災を祈る。大豆を炒るときに焼嗅がし(やいかがし)をする。鰯の頭を大豆やヒイラギの小枝に差して火にあぶり、強い臭いをさせて、それを門口に挿す。あぶる時は『おかぼの虫もバリバリ、大根の虫もバリバリ』などと呪文を唱える。悪臭を強調するのは、魔除けと害虫封じの呪法なのである。この呪術は8日の事始めにも行われるが、それについては12月の事納めのところでふれた。
 2月に入って初めての午(うま)の日が初午である。今年は11日だが、所によって3月にすることもある。
 初午は稲荷様の祭りとして古くから親しまれてきた。稲荷杜は日本の社の中で一番多く、特に江戸では「伊勢屋、稲荷に犬のくそ」と言われるくらい稲荷祠の数は多かった。農家では農耕の神として、商家では繁盛の神として屋敷神のほとんどは稲荷様であった。初午には前日から赤いのぼりや地口行燈(じぐちあんどん)が奉納され、当日は油揚や狐の絵馬を上げて、御歩射(おびしゃ)などの神事が行われる。この日、王子稲荷(北区)は凧市で賑うが、有名な火防(ひぶせ)のミニ奴凧は以前から練馬区内の凧屋が作っている。

2月のこよみ
 1日 初庚申(西大泉大乗院帝釈天)。次郎のついたち
 3日 節分、豆まき
 4日 立春
 5日 初甲子(三宝寺大黒天)
 8日 事はじめ。針供養
 10日 初己巳(石神井弁財天・錦円明院)
    建国記念の日
 13日 旧暦正月元旦。赤塚(板橋区)諏訪神社田遊神事(いずれも国指定重要無形民俗文化財)

このコラムは、郷土史研究家の桑島新一さんに執筆いただいた「ねりまの歳事記」(昭和57年7月~昭和58年7月区報連載記事)を再構成したものです。
こよみについても、当時のものを掲載しています。

写真上:丸彫青面金剛庚申塔(平成19年 石神井5丁目 区伝統文化財・区有形民俗文化財〔伊保ヶ谷庚申講所有〕)
写真下:初午 追歩射(御歩射)(年不詳 平和台4丁目の通称『西本村稲荷』)
※庚申塔については、「練馬の庚申塔(発行:練馬区教育委員会)」に詳しい