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ねりまの文化財を訪ねて

服部半蔵とねりま

 区内には、忍者・服部半蔵にかかわる文化財として、服部半蔵奉納の仁王像【区指定・有形文化財】と伊賀衆奉納の水盤・鳥居【区指定・有形文化財】があります。
 天正10年(1582)、京都の本能寺で織田信長が家臣の明智光秀に討たれた際、徳川家康は信長の招きで堺に滞在していました。家康は、知らせを聞くと、急いで国元の三河の国へ帰国しましたが、このとき家康を警護していたのが伊賀衆でした。その後に家康が江戸に入城したとき、この功績により伊賀衆は、家康から新たに領地を与えられました。練馬の大泉もその一つでした。
 江戸に移り住んだ伊賀衆は、忍者として有名な服部半蔵の支配下におかれ、江戸城大手門の警備などに当たりました。服部半蔵奉納の仁王像は、元は現在置かれている御嶽神社より約150mほど北側にあった高松寺(こうしょうじ)にありましたが、廃寺の後、現在地に移されました。像の背には「宝永三年(1706)十二月□日大垣氏服部半蔵尉藤原幸隆」と刻まれています。
 伊賀衆奉納の水盤・鳥居はともに嘉永2年(1849)に奉納されたもので、元は愛宕神社の脇の稲荷社(東京外環自動車道の大泉インターチェンジ付近)にありましたが、廃社の後、氷川神社に移されました。水盤には、伊賀衆が大泉の領地を与えられた経緯が、また、水盤と鳥居には、合わせて108人の伊賀衆の氏名が刻まれています。

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▽場所
◆服部半蔵奉納の仁王像(高松3-19。御嶽神社内)
◆伊賀衆奉納の水盤・鳥居(大泉町5-15。氷川神社内)
▽問合せ 区役所内伝統文化係

平成10年4月11日号区報

※写真は、「服部半蔵奉納の仁王像」(平成19年)